死にたいのに死ねないか。(>_<)講義を聞いて、そうだろうなと思いました。毎日毎日、苦痛に襲われれば、当然そうなります。心が弱いとか、情けないとか人は言うけれど、そうではない。生まれもった、苦しみと言ったらいいのだろうか。(-_-;)毎日毎日、神経症的な苦しみに合っていくと、「死にたいのに死ねない」苦しみが共感できる。(*_*;私、一人ではないのか。
柔道なんかで足をすくうが、正に足を取られた感じに似ている。(-_-;)なんとも言えない不安感、ハラハラする、ビクビク感、焦燥感。欠けている感覚、充足感がない、抜けている。不安定感。今に始まったことでないか。(>_<)う~ん。助かるのだろうか。
東本願寺の報恩講に参勤。内陣の出仕が当たり、緊張した。というより、出仕直前で、着用できない衣と判明したが、親切な人が衣を貸してくれた。助かった。息苦しさはもう、コリゴリ。

348.jpg346.jpg
寂しい。(>_<)この感覚。ズ-ッと抱いてきた。相手にしてもらえないさみしさ。今も、体の深部に残ります。したいのに、ネバネバした蜘蛛の巣が張り付き、苦しくて許してくれない。仮面をつけ続ける息苦しさ。そんな風に見えないように立ち続ける苦しさ。根底で許されてこなかった悲しさか。(-_-;)深部を共感してほしいのかもしれません。
滋賀県の永源寺の紅葉を見に、学生時代の友人を誘って行きました。昨年も、彼を誘って湖東三山へ。あれから1年か。友人は1代でペンションを立ち上げ、いろいろ話を聞いても大したもんです。(-_-;)なんか、体を張ってやってきているって感じ。それに引き替え私は(>_<)話していて首根っこが張る緊張感を感じますが、それでもいいということか。それが私か。
345.jpg
悲劇のヒ-ロ-か。(>_<)そんなやり方でしか承認を求める手立てを知らないのかもしれない。(-_-;)昨日のカウンセリングで感じました。親に責任を持っていかない人もいれば、行く人もいる。割り切れているか割り切れていないか。これって、共依存関係の度合いに比例するのでは。う~ん。人より劣っているという感覚がまず先に立ってしまう。だから、自分を責める。ダメと思う。ひょっとして、悲劇のヒ-ロ-を楽しんでいるのだろうか。
年間最大の行事、報恩講が終わりました。(・.・;)やれやれ。しかし、人と話すとき、どうしてこんなに苦しいのだろう。グ-と抑え込まれる感じ。自分を大きく見せようとするのだろう。顔の表情が気になって(相手の機嫌を損ねていないか)、視線が怖くて、声が出しにくい。絞り出すようにしか出せない苦しさ。(>_<)
342.jpg340.jpg341.jpg
寒い。ぼちぼち暖房かな。ぶるぶる震える。昨年の日記をみると、11月中旬に入れている。もう少し我慢か。家で探し物していたら大学生の頃の写真が出てきた。えっ。下宿の仲間とエキスポランドに行った?そういえば、かすかに。飲み会をした?どこで?本当に記憶がないか薄れている。写真で見るとそうでもないが、心は苦しかったとしか言いようがない。(-_-;)
何も予定がない日の方が落ち込む。(*_*;というのは、有意義に過ごせていない、形が残らないから。少しくらい無理して形に残るものとして外出したり、片づけものしたり、掃除したりというのがよいのかも。しかし、どこまで本心か、人の目があるから動いているのかという微妙な葛藤。(-_-;)認められるための行動といったらよいのだろうか。人は、どうしているのだろう?やりたきゃやる、やりたくなかったらやらないという自発的な単純行為なのだろうか。これならストレスが少ないように思う。というか、こんなこと考えるのは完全主義の私ということなのかな~。
少しづつ、周りは怖い人でなく、共に生きている人という認識を実感する。ただそれだけの人々か。昨日も、別院の報恩講に出仕をした折、着座の際、ソウカイの脱ぎ方を間違えてしまった。(-_-;)まず、思うのは、「怒られる」という恐怖。これって、母に祖父に怒られるという習慣が身についているためでなかろうか。烙印を押されるとか。恐る恐る、座敷にもどっても、「間違えた?」程度のもの。逆に「音を出さず上手に歩いていた」と。別の人は「やり返しができんしな~」と。好意的。それだけのこと。頭に膨らむ恐怖は偽物か。逆習慣づけが必要。これがなかなか。(*_*;