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昨日は、以前心理学講座で知り合った方からのお誘いでランチ。またまた、よく話しました。減薬の苦しみなど。(+_+)約2時間。いつもカウンセリングが1時間30分なので、これくらいが私には丁度いい。2年前の私を知る、昨日の知人から出る私への印象は、かなり良くなっているとのこと。(*_*)以前は、下を向いて顔を見ず、話しかけないでという空気で、色で喩えるとグレ-ということ。そういえば、30代後半の頃、職場の後輩に限りなくグレ-ですねと言われたことがある。(-"-)人と会っても、案外しゃべれている自分がある。「事実を見なさい」→いつもカウンセラ-に言われている言葉。
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2014.01.27 一日一日
犬がお腹が空くと、舌を出しハッ、ハッ言うけど、同じような感覚がある。(+_+)脳が薬を欲しがるためか、舌の奥の方でペロペロしている。怖いです。(-"-)頭は重いし。これが麻薬だとか覚醒剤だったら、想像を絶する苦しさなのだろう。当面、ボチボチやっていくしかない。一日一日。
う~ん。追われる夢を見る。(>_<)昨日は、どういうわけかゴリラに。必死に逃げて、息を潜めている。調子ワル~。カウンセラ-によると、減薬で多くの方が頑張っているとのこと。表面には出ない闇の世界。(-"-)べた~と一日横になっていたい。しびれる脳。もうこりごり。(+_+)
久しぶりに畑へ。雪の下で、大根が元気にしていました。減薬による苦しみか(*_*)辛いな~。直接脳に作用するという意味では、麻薬や覚醒剤と同じだもんな。(-"-)脳が欲しがる苦しみと言ったらよいのだろうか。無用に、いや仕方なしに30年以上服用し続けてきた。いっそ、「減薬の苦しみ友の会」みたいなものを考えようか?しかし、副作用について、医者は説明すべきだったのではないだろうか?何人もの医者にかかってきたが、長期服用による副作用の説明を聞いたことがなかった。(+_+)
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2014.01.23 母の生き霊
減薬による症状(頭が締めつけられる等)を、神経症と誤解しているのか。(-"-)昨日のカウンセリングで、はっきりしたような思い。それにしても、母の「決めつけ」「思い込み」「絶対の自信」が、生き霊のように取りついているのが実感できる。(*_*)道は長いのだろうか?少し、落ち込んだ。
2014.01.20 蘇る青春時代
イヤ~。泣けました。丁度。かぐや姫、風のグル-プの頃は大学生。「神田川」「妹」なんか聞くと、当時が蘇ります。色んな情景が…。京都の下宿の風景。あれから40年近く。我慢してきた。頑張ってきた。もう、いいんじゃない?周りの1400人近いお客さんも、みんな60歳前後。なんとなく、夢を絶ち必死に生き抜いてきたことが伝わります。どんなことがあったにせよ、もう十分ということか。(-"-)
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調子悪~。(-"-)講座で言っていた、3歳児までの基本的信頼感の獲得が上手くいかなかったことを薄々感じる。信頼する能力・まかせる能力が欠けている。よく考えてみると、今の息苦しさは記憶がある保育園からすでに感じていた。(+_+)その延長線上という事。カウンセラ-からは、もう過去を振り返っても一緒と言われているが、その通りであるが、引きずられる。そこにいた方が安心できるとも言える。自分のしたいように生きるという事をせず、周りの反応にだけ応えて生きていることを実感する。(*_*)はて、どうしたらよいのだろう…。
2014.01.15 興味と疲れ
ボランティアガイド講座の一環として、姫路の黒田官兵衛大河ドラマ館視察研修に。やっぱ、バスで、数人でいく行程はなんかイイ。仲間の一人としている居心地さ(^_^;)一人での行動は、寂しさだけを感じる。一人で寂しさを感じる時が長過ぎた(-"-)歴史には、なんか惹かれる。こんな途方もない城をどれだけの人が汗を流し、どうやって築いたのだろう?興味があり歩き回るのは疲れないのが不思議。
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う~ん。頭が重い。(-"-)こういうものなのだろうか。(*_*)これの繰り返し?慣れるという事?一昨日、気の重いお寺の世話方会を終えたので、家から出たくて家族で娯楽施設の大垣ロックシティへ。いや~、温泉・カラオケ・ゲ-セン・映画館・ボウリングとスゴイです。温泉に入り、頭の重いのが飛んでケと2時間近く入っていたら体重が1キロ減った。(+_+)うん?温泉に入り体を洗っているときフッと思った。あれは確か、九州にいる頃、一人ぼっちで同じような温泉で寂しく体を洗っていた。今は隣に息子がいる。状況は変わっているのだ。いつまでも昔の寂しさを引きずっているという事?
う~ん。頭が重い、締めつけられる。(-"-)息苦しい。何なのだろう。行動ができなくなる。長年通った医者に昨年、怒られたので別の医者に行くが、上手く伝えられない。伝わらない。確かに他の人が全く同じように共感するのは無理なのですが…。苦しい分だけ求めてしまう。(>_<)誰でも少しは感じているものを、大げさに、いや何回もほじくりかえして味わっているのだろうか?カウンセラ-に良く言われるように、病気のせいにしてデッチあげているのだろうか?薬から抜け出る当然の痛みということなのだろうか?
フッと勢いづいて、午前10時には名古屋での交流分析学習会に参加している。(+_+)朝の名古屋市地下鉄。乗りながら、どうしてここにいるのだろう?と思う。参加者は少なかった。昼食は、地下のレストランで講師も含め5人で。一生懸命話した。これでいいのだろうか?よぎる思い。(-"-)帰り、小さな山がとにかく大きな山に思え、一つひとつの行動が重く感じられ、ため息がでる母の枠組みが私にも刷り込まれていることを改めて感じる。(+_+)
「悩んでいる僧侶の方が良い」か。⇒昨日のカウンセラ-講座の講師との雑談で。聞いていた受講生も頷いていた。そうなのか。(-"-)「北陸で知り合った僧侶は、ロレックスの腕時計をしてベンツに乗って、税金対策に悩んでいたが、そんなんより人生に悩んだ菩薩の方がいいですが。真面目なあなたの方が良いのでは」か。ハッとした。教えを話す僧侶たるもの、心の悩みなどあってはいけないと思っていた。(+_+)なんか、少し軽くなった。
ここ数年、スキ-に行くとケ-タイに仏事の連絡が入り引き返すという無念さが続きましたが、ようやく昨日は営業終了まで滑ることができました。(*_*)前日、夜遅くまで大学時代の旧友と飲んでいたので、二日酔いの状態で子どもと出かけました。朝、いつものように気分が悪く、止めようかなっと思いましたが、子どもも楽しみにしているし、エイヤッて出かける。(+_+)ゲレンデに着くと徐々に晴れ晴れと。環境を変えていくことができるか…。
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2014.01.01 宗教は必要?
正月の修正会が終わりました。前日までの準備が大変。(>_<)数十年前と比べると参詣者は、かなり少なくなっています。苦しみを抱える人は少なくなっているのでしょうか?必要性がない?
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