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共依存の怖さを、再確認しています。自分の境界を当たり前のように、侵入してくる母。一方、この侵入してくる母がいなければ、生きていけないと思い込んだ私。この状態では、いつまでたっても生き苦しさから解放されない。境界がはっきりしていてこそ、お互いが認め合えるし、尊敬も出来るのに。(*_*)気づいた方から、境界侵犯から身を引くしかない。(-_-;)
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2012.09.22 人間失格
本当は何を望んでいるのか?何をしたいのか?当然、分かるように思うが分からない。(*_*)いつも、視点が人の目になっているから。自分を生きていない。そういう、見方に慣れ親しんでしまった。フッと思いついて、『人間失格』を読んでいるが、描かれている大庭葉蔵の道化師的な感覚がよく理解できる。これで良いのだろうか…(-_-;)
人に紹介されて「精神科は今日も、やりたい放題」という本を読みました。う~ん。(^_^;)通院歴30年を超える私には、考えさせられました。なんか、当たっているのです。特に、薬害の指摘は、共感しました。長期に服用させられていくうち、本来、自律的に解決できる能力もそげ落とされてしまっている。(*_*)当初、苦しんだ精神的苦痛が、いつの間にか、薬依存による禁断症状の苦痛にすり替わっている。つまり、悩みは深刻になっているということか。
出来る人なんです。よくカウンセラ-から聞いた言葉。昨晩、妻も「出来る人だから」と言葉にし、改めて思い出しました。そう、出来ないって自分で決めつけているのか。(-_-;)行動により、人は変わっていく。行動の結果、思考、感情も変わっていくと思います。行動するか、しないかは私の自由。こういう結論になりつつあります。そういえば、長く関わってきた森田療法も、真髄は「あるがままに」行動。間違ってはいなかったのかと振り返っています。(^_^;)
ラケット感情が、幼い頃身につけたなじみ深い感情で、後味の悪い結末感情とすると、私が日頃感じる抑うつ感はそうなのだろうと思います。私の場合は、不安を伴った緊張から自家発動される抑うつ感は、周囲から認められないという悔しさ、怒りが抑うつに変化した者のように感じます。そして、それを発動することで、実は自分を護っている。認められない身を、自分で防衛している。悲しい(-_-;)
遠い昔、記憶のない誕生から3歳の頃までに、身につけたんだろう。この世は怖いところである。自分の身を守るため、おとなしくしていようと。守ってくれると思っていた母が、感情を押し殺している。そうか、感情は押し殺すものなんだ、出したら大変なことになりそうと感じた。(-_-;)先般、行ったプレゼンの評価が悪く、気力を失いました。(-"-)
ホットしています。9月に入り、2回のカウンセリング研究発表。気が重く、ブログも書く気力はなっかたです。(-_-;)自由な心の部分を多く持った人は、発表のとき、表情、声のト-ンの調子、高低が豊かで参加者に好印象を与え、良い評価になるようです。そういう意味では、向いていないのだろうと思いました。(*_*)
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