そう、あの日も暑かった。高校の授業が終わり、話し相手がなく、そそくさと一人自転車駐輪場から帰る。学校帰り、学友と話していないのは、もう半年以上だろうか。観音坂と呼ばれる、坂道が本当にきつい。この坂道にかかると、どういうわけか「いちご白書」を口ずさんだ。しかし、歌詞が不明瞭。毎日、毎日一人ぼっちの寂しさ。今日、ラジオで大阪大学の教授が損した時の方が、得した時より2・5倍のものがあると話していた。寂しさも同じではないのだろうか。楽しい時より、2.5倍の悲しみではないだろうか。無意識に押し込んでいる悲しみを、文字にした方が昇華作用で軽減されるような気がする。  
2017.06.17 発達障害
疲れたな~。(一一")脳内疲労か体力疲労か、どっちなんだろう。【すっきりしない】感が、嫌で仕方ない。カッタ-シャツに格子模様が入っていると、模様が曲がっていないで、ズボンに収まっているか気になって仕方ない。とらわれる。もう、こんな疲れ方、嫌になる。若い時から、もう、いろんなとらわれに焦燥してきた。フイット感を、もてあそぶようなものだが。やっぱり、多少は発達障害があるのだろような。
最近、過去の映像が断片的によく蘇る。先週、愛知県にいる兄弟の家の法事があった。車で、1時間30分。昔はよく、甥・姪を送迎したり、母を送って行ったりした。その途中に、よく立ち寄ったス-パ-がある。帰りに、どうしても立ち寄りたくなった。何年、いや何十年ぶりだろう。鮮魚・日用雑貨コ-ナ-の、この辺りを亡き母と訪れたはずだ。洋服コ-ナ-は、この辺を歩いた。そして、私は、自立できない虚しさに、心が重い。そうだった。薬との戦いも、蘇る。よく生きてきたのかもしれない。
2017.06.11 我慢に我慢
怖いという感覚。怒られるという、怖い感覚。これがなかなか‥。身に染み込んでいる。(+_+) では、具体的に誰に【怒られるの】と、問うと、祖父・母らしき人物が浮かぶが、そうなのだろうか?緊張感から、手足に発汗し、自律神経が興奮しているのが分かる。感覚的には、脳が興奮しているように思う。 最近、福岡で警察官が、妻子を殺害したが、我慢に我慢を重ねたんだろうと思う。爆発した。幼いころから、寺をやりたくないのに、世間体もあり、我慢に我慢してきた。今となっては、どうなんだろう。近くの精神科医が、あまりにもお寺の子息が、受診するのが多すぎると嘆いていた。今では、寺の問題がライフワ-クになっているとのこと。う~ん。(一一")
車の中でラジオを聞いていたら、明治学院大学教授の高橋源一郎氏が、こんなことを言っていた。授業で、学生に【秘密】にしていることを無記名で書かすと、毎回同じ傾向のものが、第一位になるらしい。それは、「実は、友達が嫌い」ということらしい。しかも、ダントツ。口にできない、しないだけで、悩みは同じ。そんなものなのでしょう。私の、強迫神経症っぽい悩み、頭が締め付けられる悩み、緊張しやすい悩み、人の中に入っていきづらい悩みも、案外、同じようなものなのだろうか。
先日、5ケ月ぶりのカウンセリング。「過去を受け入れる」か。そう、元に戻れないもんね。これが、なかなかできない。(+_+) 緊張感を、両親、家庭環境のせいにするか。「しょうがない」から、歩みだせない。だって、本当に苦しいんですもんね。【ほうら、こんなに苦しいのがあなた分からないの】って、母に言っているような気がする。実際、分かって、もらえなかったですもん。
う~ん。半年振りか。なかなか投稿する余裕がありません。(-_-;)疲れて、疲れて…。もともと、体力がない。いや、緊張感の疲れか。市役所勤めも、昼休みに自家用車の中で、昼寝しないと持たない。(+_+)仕事の公用車で、回っているとき、相変わらず過去の原因探し。どうなんだろう。答えは、見つからないかも。
2016.11.28 自己否定感
最近、よく夢を見る。それも、かなり昔の人が登場する。なんか、深いものを感じる。嫌な思いが蓄積された無意識をどうするかに、かかっているような気がする。過去の記録の色を変えるということなのだろうけど。自己否定感で見るものだから、なんでも悲しいものになっていくのだ。
組婦人会研修会の講師でした。話しながら思います。確かに、世間と仏の世界は、真逆なんでしょう。世間の価値観にどっぷりの私を想定しながら、話すとちょうど良いか。内容は、カウンセリング講座で得た内容や、お会いしているカウンセラ-の話をミックスしながら。気が付くと80分。話は難しい。(-_-;)凡夫か。確かに、煩悩に振りまわされている。転ずることを、歎異抄3章の悪人正機で説明してみた。どこまで伝わったか。理想は空に浮かぶ雲のようなもので、実は得体がなく、近づいても流れて行ってしまう。きりがない。こんな話でした。
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右腕が腫れている。おそらく、9月6日に事業所対抗ソフトボ-ル大会で、ピッチャ-をやったからだろう。近くの診療所では、ばい菌が入ったかもしれないということで、血液検査をしたが。それにしても、頭の中で、色んなことを考えるというか、空転する。それも、頭の締付けの原因探し。もしかすると、死ぬまで追求せざるを得ないのかも。自律神経が興奮したままということか。自分の意志では統制できないので、もったまま諦めるということかもしれない。持ちながら、歩くということか。しんどいのだけど。
やはり、あまりにも長く服用した薬の影響ではないだろうか。もともと、脳がしびれるような硬直感はあったが。少しづつ、軽減しているように思うが、なかなか。
人との空間が維持できない、苦痛となる。怖くてしょうがない。これって、アスペルガ-の一症状ではないのだろうか。幼いころから感じている、人に理解されにくいもの。一か所にグッと思考が偏り、集中してしまう。うまくいかないと、投げやりになる。そして、自分の不甲斐なさで、落ち込む。いや、うまくいかない不甲斐なさで、どうする?と、誰かを困らせている気がする。やはり、障害か。分からん。3年任期の最後の、総会が終了。疲れ果てた。少し、自分の時間が必要。
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お寺が7月にようやく新年度となる上、仕事も重なりアップアップ(+_+) 何とか乗り切ろう。前回のブログアップが5月ですから、かなりのブランク。緊張感ゆえの息苦しさは、相変わらず。(-_-;)見た目とそうでない苦しさのギャップ。分かってもらえない苦しさ。なかなか‥。今日は、13組の婦人会総会。1時間ほど、法話をしました。分かるのだろうか、苦しさ。この人たちにも、胸の内を聞かせてほしいのだが。こんな事は、私の問題?

最近、よく思う。体を緊張させ、耐えることが、生きる習慣・基本となっている。(-_-;)しかも、無意識に。人の顔色によって、私の人生も決まる?そう、そのことに、気づき始めてしばらく経つが、無意識にそうなってしまうだけに、なかなか。母親が、まさにその典型でした。苦しくて、しょうがない。原因が分かり始めただけに、遅滞として改善しないもどかしさ。朝、出勤途中の車の中で、こわばっている体を感じて、意識して脱力してみる。なかなか。 
う~ん。よくこなす。ここのところ、やることが目白押し。(◎_◎;)昨日は、午後から第1回目の推進員養成講座。講師が、脳の構造や心理学を述べられたのは意外でした。夜は、定例の組教化委員会。というより、4月から市役所の臨時職員なので、目一杯。(+_+)間・間には布団に入って休んでいます。カウンセラ-からよく「できる人だから」と言われていたのを、思い出します。下園壮太さんの本を紹介されて、サイコ-の評価法を少しづづやるが、意外と「悪かったところ1つ」が思い浮かばない。昨日の講師が、無意識の問題提起をしていたが、そうなんです。無意識だから厄介。刷り込まれた人生脚本の問題と捉えました。これが、なかなか…( 一一)